「職能資格制度からジョブ型人事制度に移行したいが、一気に変更すると社内が混乱しそうだ」
「”スキルベース”は採用場面で活用する言葉と思っていたが、どうやらスキルベース組織というものもあるらしい」
人が持つ能力を人事制度全般に展開するのが「スキルベース」です。
ただし「スキル」という概念は幅広く、また「スキルベース」という言葉は古くて新しいような概念のため、どのような状態を指すのか分からないという声も聞かれます。
結論としては人事業界でよく聞く「スキルベース」という言葉は、主に「人財採用」と「組織形成」の2つの場面での活用を指します。
当記事では採用と組織における「スキルベース」という言葉がどのような内容なのかについて、最初に解説します。
【採用場面でのスキルベースと従来型の採用との違い】
| データ |
|
スキルベースの人財採用 |
・ポテンシャル重視 ・人財要件は人柄重視 ・面接者の主観で評価する |
⟶ |
・現在(あるいは将来獲得できそうな)のスキル重視 ・人財要件は能力重視 ・スキルベースの客観的な評価 |
次に組織におけるスキルベースですが、よく「ジョブ型」と「職能型」との違いを混同されることが多いので、二つとの違いを解説します。
【スキルベース型組織とジョブ型と職能の違い】
| ジョブ型組織 |
スキルベース型組織 |
職能型組織 |
・人事ポリシーはジョブが基本 ・仮にジョブとスキルとの乖離がある人財であっても、ジョブに就いた途端に、決まった処遇になる |
・ジョブとスキルの関係性を明らかにした上で、配置や昇進昇格を決定 ・ジョブ&スキルの双方の視点で柔軟に組織編成ができるため、新卒~シニアまで雇用する日本企業にフィットしやすい |
・人事ポリシーはポテンシャルやスキルが基本 ・ジョブの概念はないため高スキルの人が低い職務価値のジョブを担うこともある |
ここまでお読みいただければ、スキルベースの内容が理解でき、自社の場合はどのようにスキルベースを取り入れるか検討ができるはずです。
ただし採用にしても組織にしても、「人を選定する際の軸」を変更することになるので、影響は大きいでしょう。
仮に取り組み順序を間違えたり、拙速に導入を進めてしまうと、社員からの不信を招いてしまい、離職者を生むような事態も招きかねません。
また、せっかく時間やパワーをかけて導入したのに、短期間で運用が頓挫するリスクもあります。
そのため、記事の後半では実際にスキルベースを自社に導入する際の実践的なポイントも紹介します。
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- スキルベースの導入は採用を先にすべきか組織を先にすべきか?
- 具体的などのようなメリットが期待できるのか?
- 進める際に注意すべき点は?
- 実際に導入をする際に重要なポイントは?
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最後までお読みいただければ、自社でスキルベースを導入する際に優先的に取り組むべき事項や大枠の進め方のイメージがつくはずです。
スキルベースの導入が適切に進めば、人事制度や人財採用の透明性や納得感が生まれ、社員が働きやすくなる効果が期待できます。
ぜひ当記事でスキルベースの基本の理解を深めていただき、きちんと狙ったメリットが享受できるための参考にしていただければ幸いです。
1.スキルベースとは?重要な二つの場面
「スキルベース」は、過去の経験や訓練を経て獲得した能力全般を人事制度のベースとすることです。
人事場面で「スキルベース」を使用する場合は、以下の2つの場面があります
- 人財採用におけるスキルベース
- 組織におけるスキルベース
どちらの場面でスキルベースという言葉を使われているかを識別するためにも、本章では2つの場面について解説します。
1-1.人財採用におけるスキルベース
人財採用におけるスキルベースとは「スキルをベースとした人財要件を設定し、応募者とのマッチングを行う」ことです。
簡単に従来型の採用とスキルベース採用の違いを以下にまとめます。
| データ |
|
スキルベースの人財採用 |
・ポテンシャル重視 ・人財要件は人柄重視 ・面接者の主観で評価する |
⟶ |
・現在(あるいは将来獲得できそうな)のスキル重視 ・人財要件は能力重視 ・スキルベースの客観的な評価 |
単に「積極的な人財」という人財要件だけではく、「会議でアイデアが出せるスキル」と行動レベルで人財要件を設定するのが、スキルベース採用の特徴です。
中途採用では「即戦力」が重視されることもあり、スキルベースの人財採用は一般的でしょう。
ですが、昨今のトレンドとしてはポテンシャルが重要視される新卒採用においても、スキルベースのマッチングをする企業が増えています。
1ー2.組織におけるスキルベース
スキルベース組織とは、人事制度の軸が社員一人ひとりのスキルを基準に成り立つ組織形態のことです。
簡単に説明すると、昨今日本企業に導入されている「ジョブ型人事制度」と、従来型の「職能資格制度」の課題を補うのがスキルベースの組織といえるでしょう。
| ジョブ型組織 |
スキルベース型組織 |
職能型組織 |
・人事ポリシーはジョブが基本 ・仮にジョブとスキルとの乖離がある人財であっても、ジョブに就いた途端に、決まった処遇になる |
・ジョブとスキルの関係性を明らかにした上で、配置や昇進昇格を決定 ・ジョブ&スキルの双方の視点で柔軟に組織編成ができるため、新卒~シニアまで雇用する日本企業にフィットしやすい |
・人事ポリシーはポテンシャルやスキルが基本 ・ジョブの概念はないため高スキルの人が低い職務価値のジョブを担うこともある |
このように整理すると、スキルベース型組織は特に目新しいものではないかもしれません。
あらためて、なぜスキルベース型組織が注目されているのかをまとめます。
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- ジョブ型では、そのジョブに就くためのスキルが分からないため、社員の能力開発が進まない
- 職能型ではスキルは人事評価には反映されるものの、ジョブアサイメントには活用されない
⟶ 両制度の課題を解決するために、スキルの概念に注目したのが「スキルベース型組織」
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昨今急激にジョブ型人事制度を導入した企業が、運用において「本人のスキルを無視して、新しいジョブに就くだけで処遇が変わる」というドライな運用に耐えられない状況が生まれていました。
一方、職能型組織ではスキルは馴染みがあるものでしたが、どのような職務価値のジョブについても既存スキルをベースに処遇が決定する課題がありました。
この双方の問題を解決する策として、「古くて新しい」ようなスキルベース組織の必要性が生じたといえるでしょう。
2.先に組織をスキルベースにすることが重要
前章で述べたスキルベースの重要な二つの場面ですが、優先して着手すべきなのは組織のスキルベース化です。
「採用の方が着手しやすい」とお考えの人事の方もいらっしゃいますが、採用した人財が働く組織がスキルベース化になっていなければ、齟齬が生じてしまうからです。
仮に採用を先にスキルベースにしてしまうと、このような事態が起こりかねません。
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- 「ロジカルシンキング」というスキルを評価されて入社した社員が、入社していてロジカルシンキングを発揮しても評価されない
- 社員がスキルを重視する概念がないため、スキル採用をされた社員が風土に馴染みにくい
- スキルを発揮した社員を奨励する競合他社に転職をされてしまう
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願わくば採用・組織を同じタイミングでスキルベースに転換することが望ましいといえます。
ただし、現実の人事業務ではコストやパワーの制約があり、同時実現が難しいこともあります。
そんな際は、採用よりも組織をスキルベースにすることを優先すべきです。
既存組織にスキルベースを浸透させることで、社内にもその考え方が浸透します。その上で新たな社員を探す採用にスキルベースを展開させる方が、遙かに現実的といえるでしょう。
3.スキルベース組織にするメリット
組織をスキルベースにすることが優先順位が高いとお伝えしましたが、もう少し具体的にスキルベース組織のメリットについて以下3点でお伝えします。
- 業務効率・生産性の向上
- スキル開発の促進
- 社員の満足度向上
一つひとつ説明していくので、スキルベース組織に転向していくイメージを高めていただければ幸いです。
3-1.業務効率・生産性の向上
スキルベース組織では、職務とスキルとのマッチングの精度が向上するため、効率や生産性の向上が期待できます。
具体的には社員一人ひとりのスキルを見える化し、業務に必要なスキルを持つ人財を配置します。
これにより適材適所な配置が実現するとともに、即戦力としての活躍も期待できるため、業務効率と生産性の向上に寄与する可能性が高いでしょう。
例えば「A事業で発想力に長けた社員が必要だ」となった際、社内のスキルデータベースで発想力に長けた社員を探し、アサインメントを検討するイメージです。
ゼロから社員選びをするよりも、はるかに生産性は上がるでしょう。
また、すでにスキルを有する社員を置くことで、業務遂行のための研修・教育を圧縮できるメリットもあります。
3-2.スキル開発の促進
スキルベース組織を導入すると、業務推進に対して不足しているスキルが明確になり、スキル開発の促進につながります。
何も基準がない状況でスキル開発を社員に求めるより、社員のキャリアをもとに「A業務を担うためには○○スキルが必要」と説明した方が、説得力があるからです。
そのことで社員にとっても現業務に必要にとらわれず、新しいことにもチャレンジしやすくなるメリットもあります。
スキルベースの組織であれば、社員自身が仕事の目標を見つけ、自らのスキルアップに努めることができるでしょう。
3-3.社員の満足度向上
スキルベース組織にすると、合理的なスキル向上の目安ができることで、社員の満足度・モチベーションアップに弾みがつきます。
可視化されたスキルのデータベースがあることで、社員は自らの強みを仕事で発揮しながら、不足したスキルの習得に励むことができます。
このような取り組みを通じて社員自身が成長感を感じることは、モチベーションを向上させる効果が期待できるからです。
企業が一人ひとりのスキルを把握し、それぞれのスキルを活かせる業務や役割を与えれば、社員は自分に適した環境のなかで自らの能力を最大限に発揮できるようになるでしょう。
結果的に社員のエンゲージメントが高まり、定着率の向上や離職率の低下にもつながっていきます。
4.スキルベース組織にする注意点
メリットが多いスキルベース組織ですが、全社員に関わることでもあるため、注意したいポイントもあります。
本章では、過去にスキルベース組織に移行した企業での失敗点をもとに、代表的な注意すべき事例を3点紹介します。
- スキルのみに注目した制度運用
- 人手によるアナログな運用
- 本人努力のみに任せた開発
すぐにスキルベース組織に転換するケースでなくても、参考にしていただける内容になっているかと思います。
4-1.スキルのみに注目した制度運用
日本企業で特に注意したいのが、スキルのみに焦点をあてたドライな制度運用です。
特に新卒採用を重視している日本企業では、新卒社員は入社時にスキルはそこまでありません。
スキルベースで採用したとしても、日本式のローテーションを繰り返しながら、「この社員が本当に開花できるスキルは何なのか?」と見極めながら社員育成するはずです。
そのプロセスで「現時点のスキル」だけに注目して配置や昇格を決めてしまうと、せっかくの日本企業が持つ育成の強みを消してしまいかねません。
従って、「スキルベースの評価比重を増やすのはマネジメント以上」などの運用ルールをきめ、社内にいる社員に等しくスキルベースが自然に浸透する運用を考えるようにしましょう。
4-2.人手によるアナログな運用
人手によるアナログな運用は、導入当初はいいかもしれませんが、ゆくゆくは注意が必要です。
スキルといってもさまざまなものがあるため、人手によるアナログな運用ではいつか破綻を来しかねないからです。
仮に「ITスキル」といっても、プログラミング~ハードウェアまでのスキルがあるため、精緻にスキル把握するためには、システム運用は前提にすべきでしょう。
さらには昨今は「リスキリング」という学び直しの潮流もあります。
社員のスキル変化までをロギングしようとすると、システムによる運用は必須になります。
むしろシステムによるスキルベース組織の運用を前提にすることで、更新の工数を減らし、社員のスキル開発への工数が捻出できるようになるでしょう。
4ー3.本人努力のみに任せたスキル開発
スキルベース組織にする前提として、会社としてスキル開発をサポートする体制もセットで整える必要があります。
昨今「リスキリング」「学びなおし」などの言葉が流行していますが、企業の発展のために活用するのであれば、社員の自助努力に任せているだけでは足りません。
本人努力に任せてしまうと、スキル開発に積極的な社員は良いとしても、どうスキル開発すればいいか分からない社員は、会社の方針転換に戸惑ってしまうだけです。
スキルベースの転換という方針発表だけではなく、社員をどのようにサポートしていくかもセットで検討するようにしましょう。
5.【実践ヒント】スキルベース組織にする重要ポイント
ここまでお読みいただき「スキルベースに興味がある」と思われた方に、次のステップに進む実践的なヒントを以下4点でお伝えします。
- 人事制度改変についての社内理解
- スキルが把握できるデータベース構築
- スキル開発やスキル更新が出来る運用体制
- 社内でのスキルデータベースを採用へと活用
人事制度や組織改編は影響が大きいことかと思われます。
そのため、本章では実際にスキルベースに移行した企業が躓きがちなポイントをベースにして、重要ポイントを解説します。
5-1.人事制度改変についての社内理解
まずは人事制度や組織の軸を「スキルベース」にすることへの社内理解・共有を行う必要があります。
「何を評価するか」を変更することになるので、丁寧に社員への説明をしたうえで理解を得ないと、社員からの不信感を招くリスクがあるからです。
以下に、着手の難易度を踏まえてやるべきことを整理します。
| 着手しやすいこと |
中長期的にかけて行うこと |
・「スキルベース組織」の概念や定義を社内データベースに共有 ・「これまでとの違い」などの事例の共有 |
・人事制度全般(等級・評価・賃金)へのスキルベースの反映度合いの検討 ・マネジメントへのスキルベースの動き方の教育 |
社内理解は後回しにされやすいのですが、一言でいえば「人事ポリシーの転換」となるため、軽視してはいけません。
また、これまでの制度や組織に慣れ親しんでいるシニア層、あるいは最近の人事ポリシーに期待して入社してきた層などで、浸透のさせ方は変わります。
人事として、社員全体を見渡した上で、スキルベースという概念が浸透しやすくなるような施策を考えるようにしましょう。
5-2.スキルが把握できるデータベース構築
スキルベース組織にする前提として、社員のスキルが把握できるデータベースを構築する必要があります。
個々のマネジメントが自由に「望ましいスキル」や「社員の所持スキル」を設定してしまうと、全社的にオーソライズがとれた制度にならないからです。
以下に、着手の難易度を踏まえてやるべきことを整理します。
| 着手しやすいこと |
中長期的にかけて行うこと |
・マネジメントに「社員の現状スキル」や「今後強化したいスキル」のアンケートを取る ・社員のスキル一覧をエクセルなどでデータベース化する |
・SaaSシステムなどスキルを管理できるシステムを検討する ・経営陣を中心としてジョブに必要なスキルを確定させる |
最終的にはスキルベースの組織にするためには、組織(ジョブ)とスキルの対応関係を確定させる必要があります。
その際、「必要なスキル」に留めるのではなく「(今は必要ないが)今後求めたいスキル」や「スキル間の優先順位」「求められるスキルレベル」など、幅広い観点で検討をするようにしましょう。
5-3.スキル開発やスキル更新ができる運用体制
システム構築だけではなく、スキル開発をするサポート体制やスキルを更新する運用体制も整える必要があります。
「このジョブに必要なスキルはこれです」を宣言するだけでは、社員は「そのためにどうすればいいのか?」と戸惑ってしまいます。
そのため、会社として研修などのスキル開発の仕組みを整えたり、マネジメントがスキル開発のための業務のアサインをしていく必要があります。
以下に、着手の難易度を踏まえてやるべきことを整理します。
| 着手しやすいこと |
中長期的にかけて行うこと |
・現状の人財開発メニューとスキルの対応表を作る ・スキル開発におすすめの社外の自己啓発メニューを提示する |
・スキル開発のための予算を用意し、必要な本来的なメニューを検討する ・マネジメントに向けたジョブアサインメント教育を行う |
スキルというのは、当たり前ですが変化していくものなので「変化を促す」運用構築も忘れてはなりません。
スキルベース組織にした上で、そのためのサポート体制まで整えていることは、社員エンゲージメントの向上のみならず、人財獲得の際も大きな武器になるでしょう。
5-4.スキルを採用人財要件へと活用
スキルベース組織への移行が一段落ついたら、次は社内で設定したスキルを採用の人財要件へと接続します。
社内で必要となるスキルを持っている、あるいは獲得しやすい人財を採用することで、より活躍できる人財を採用できるからです。
以下に、着手の難易度を踏まえてやるべきことを整理します。
| 着手しやすいこと |
中長期的にかけて行うこと |
・現状の採用人財要件と社内で設定したスキルの対応関係を整理する ・スキルベース組織の重要スキルのみを採用人財要件に追加する |
・社内で設定したスキルを「新卒」「中途」など採用形態に応じて全て振り分ける ・要件に加えて質問例とレベル判定ができる面接評定表を作成する |
既に就業経験がある中途採用には展開しやすいかもしれませんが、「ポテンシャル採用」と呼ばれる新卒採用にはそのまま反映するのは難しいスキルもあります。
そんな際は「そのスキルを高めやすい性格特性」という素養レベルに抽象度を上げることで、新卒採用にも接続しやすくなるでしょう。
6.まとめ
今回は、「古くて新しい」ようなスキルベースという考え方の人事への反映方法について取り上げました。
あらためて本記事のポイントは以下の通りです。
◎スキルベースが重要となる二つの場面
- 人財採用におけるスキルベース
- 組織におけるスキルベース
◎採用より先に組織をスキルベースにすることが重要
◎スキルベース組織にするメリットは以下の3つ
- 業務効率・生産性の向上
- スキル開発の促進
- 社員の満足度向上
◎スキルベース組織にする注意点は以下の3つ
- スキルのみに注目した制度運用
- 人手によるアナログな運用
- 本人努力のみに任せた開発
◎スキルベース組織にする重要ポイントは以下の通り
- 人事制度改変についての社内理解
- スキルが把握できるデータベース構築
- スキル開発やスキル更新が出来る運用体制
- 社内でのスキルデータベースを採用へと活用
日本企業は、歴史的に社員という「人財」に焦点をあてて、スキルベースについては馴染みがある人事制度といえます。
だからこそ、ジョブ型という新しい制度に接続する概念にも、スキルベースを取り込む重要性が増すともいえるでしょう。
人事制度の変更は影響が大きいため、当記事に共感いただければ、部分的にも自社の制度にスキルベースを取り込む参考にしていただければ幸いです。