人財不足を解決する「スキルベース人財戦略」— 動的ポートフォリオで組織を変革する方法

人財ポートフォリオの構築に苦戦する日本企業の課題とは?DX 時代に求められるスキルを軸としたタレントライフサイクルについて、具体的な導入方法と成功のポイントを解説します。

A CHRO looking out the window of their office in Japan.

人財ポートフォリオが注目される理由

「必要な人財が足りない」「スキルギャップが埋まらない」——。

いま、多くの日本企業が直面しているのは、まさにこうした切実な課題です。事業環境の変化はかつてないスピードで進み、新しいスキルや専門性が次々と求められる一方で、従来の人材マネジメントの仕組みではその需要に追いつけなくなっています。

こうした状況を打破するためのアプローチのひとつが、「動的人財ポートフォリオ」という考え方です。これは、企業が保有する人財を固定的に捉えるのではなく、変化に合わせて柔軟に構成を見直し、最適化していく仕組みを意味します。事業の方向性や市場ニーズに応じて必要なスキルを素早く補い、人財の配置や活用を常にアップデートすることで、組織全体の競争力を高めていく。そんな新しい人財戦略のあり方が、いま注目されているのです。

人財を取り巻く世界が複雑化している中、人財ポートフォリオをリアルタイムまたは継続的な更新と、最適化が求められています。特にコロナ禍以降、ビジネスが落ち着きを取り戻す一方で、AI/ML といったの テクノロジー 技術の進歩によるビジネス変革が加速しており、それに伴い必要となる人財要件も変化しています。

今、人財ポートフォリオが注目される背景には、経済産業省の研究会の報告書である「伊藤レポート」において、動的な人財ポートフォリオの重要性が謳われていることがあります。

しかし、経済産業省の調査では、人財ポートフォリオの重要性を理解していても、なんと約8割の企業がまだ実現できていないのが現状です。

なぜ日本企業は人財ポートフォリオ構築に苦戦するのか?

まず1つ目は、日本企業に根強く残る「メンバーシップ型雇用」の慣行です。これは、あらかじめ職務を限定せずに人材を幅広く育成し、長期的な雇用を前提に必要に応じて配置転換を行うスタイルです。こうした制度のもとでは、業務内容や期待される役割があいまいになりやすく、将来必要となる業務の可視化や、それに必要なスキルや人材要件の明確化が難しくなります。その延長線上で、ジョブディスクリプション(職務記述書)の作成が難しい、という声も少なくありません。

もうひとつの課題として、急速なビジネスモデルの変化に対して、人財の状況を把握しきれていないことが挙げられます。新たなスキルが求められる一方で、人事部門が社員一人ひとりの能力や必要な要件を完全に把握することは難しく、業務ごとのスキルの整理も十分に整っていないことが珍しくありません。そのため、まずは自社の人財がどのような質と量を持っているのかを正確に把握したい、というニーズが高まっています。

さらに、変化への対応スピードの差も大きな壁となっています。海外では、スキルギャップを埋めるためにスキルベースのマネジメントが着実に広まりつつあります。しかし日本企業では、従来の仕組みから脱却するにはまだ時間がかかるのが現状です。実際、毎年米国で開催される世界最大級のHRテックカンファレンス「HR Technology Conference & EXPO」では、スキルベースのタレントマネジメントはすでに定着した手法として紹介されており、グローバルでは当たり前の取り組みになりつつあることがうかがえます。

スキルを軸にした動的な人材ポートフォリオの構築

こうした課題を解決するために注目されているのが、スキルを軸に人財を捉えるアプローチです。単なる人財管理に留まらず、社員一人ひとりのスキルを最大限に活かすことで、常に変化するビジネス環境に対応できる動的な人材ポートフォリオを構築します。変化の激しい環境でも、必要なスキルを持つ人材を柔軟に配置し、戦略的に活用できるのが大きな魅力です。

スキルベースド タレントライフサイクルは、以下のステップで進行します。

  1. 人財モデルの定義: 将来的なビジネス環境において求める人財を明確にする
  2. 現状把握: 従業員の経験やスキルを整理し、供給状況を把握する
  3. 需要分析: 現在および将来的な人財需要を特定する
  4. ギャップ分析: 需要と供給を比較し、不足分を明らかにする

スキルギャップを把握できれば、その不足を解消するための具体的な取り組みが可能になります。まずは従業員の育成やリスキリング、自律的なキャリア開発を通じて、社員自身の成長を促す方法があります。次に、インターナルモビリティ、つまり社内異動を活用する手も有効です。ここでいう異動は単なる配置替えにとどまらず、社内公募や部門横断型プロジェクトへの参加といった多様な形を含みます。それでも補えない場合には、外部からの採用が必要となります。

しかし、スキルを備えたDX人材は企業間で競争が激しく、採用自体が容易でないことも少なくありません。こうした背景から、契約社員や業務委託、個人契約など、正規雇用以外の選択肢も検討されます。一方で、人件費が利益を圧迫するという現実を抱える企業もあり、今後は人件費の最適化も重要なテーマとなります。

人材確保の施策を実行したら、次のステップは需要と供給のマッチングです。適材適所の人材配置を行うことで、企業の戦略に応じた最適なチーム編成が可能になります。伊藤レポートにもあるように、ここでのキーワードは「動的」です。一度体制を構築して終わりではなく、変化に応じて現状を分析し、計画を修正しながら、スキルベースのタレントライフサイクルを回していくことが求められます。

効果的な運用には、統合されたプラットフォームでの一元管理が理想的です。データが分散していると、統合・整合性確保・更新作業が複雑になり、運用効率が大幅に低下するためです。

従業員にとってのスキル活用のメリット

スキルベースのタレントマネジメントは、従業員にとっても大きなメリットがあります。自分のスキルが可視化されることで、「今、自分に何が足りないのか」「将来、どのキャリアを目指すために何を身につけるべきか」がはっきり見えてきます。たとえば、同じスキルを持つ先輩がどんな道を歩んできたのかを知れば、自分のキャリアの選択肢がぐっと広がります。さらに、AIによるラーニングコンテンツのレコメンドが組み合わされば、必要なスキルを効率的に学べるだけでなく、「次に何をすべきか」が手に取るようにわかるのです。こうして、自分の成長の道筋を具体的に描けることが、スキルベースのタレントマネジメントの大きな魅力です。

それだけではありません。従業員が自身のスキルを登録しておくことで、自分に合った社内公募などの機会を把握しやすくなります。さらに、組織として部門横断のタスクフォースなど、スキルや関心に応じてチャレンジできる場を提供できれば、個人はスキルを発揮して活躍できるだけでなく、成長のチャンスも広がります。こうして、自分の強みを生かしながらキャリアを切り拓いていける――それが、スキルベースのタレントライフサイクルのもう一つの大きな魅力です。

まとめ:マインドセットの転換が、組織を未来につなげる

このように、スキルベースのタレントライフサイクルは、従業員にとって成長の機会を提供する強力な手段です。特に、外部からの人材採用が困難な今だからこそ、内部の人材の能力を最大限に引き出し、将来の仕事に必要なスキルを身につけてもらうことは、企業の人材戦略の中核となります。

たとえば、マーケティング部門の社員Aさんが、自分のスキルが可視化されることで「データ分析の知識が不足している」と気づいたとします。その結果、社内のデータ分析研修やAIを活用したラーニングコンテンツを活用し、スキルを磨くことができます。さらに、同じスキルを持つ社員Bさんが、社内プロジェクトでどのような役割を果たしてキャリアを積んできたかを知ることで、自分のキャリアの選択肢が具体的にイメージできるのです。

ここで強調したいのは、スキルベースのタレントライフサイクルは最初から完璧を目指す必要はないということです。まずは従業員にスキルを登録してもらい、活用できる状態を作る――この「70点思考」で進めることが、長期的な成功への近道です。完璧さにこだわるあまり、導入のハードルを上げてしまうことこそが、最大の失敗になりかねません。

さらに重要なのは、スキルデータの扱いです。人事やマネージャーだけが限定的にアクセスするのではなく、従業員自身も含めて組織内でデータを民主化することが、成長機会を広げる鍵となります。たとえば自分のスキル状況を見た社員Cさんが「このプロジェクトにチャレンジできるかも」と自ら手を挙げることで、新しい経験を積み、スキルをさらに磨くことができます。こうして、主体的に成長できる環境が整うのです。

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