人事 DX の現在地:JTC から AI-ready へ進化する 4 つのステージとは?

人事 DX は単なるデジタル化ではありません。本記事では、JTC (Japanese Traditional Company、古い企業体質が残る日本企業) から AI-ready な企業へシフトするまでの 4 段階の成熟度モデルを用いて、人事の現状と HR モダナイゼーションの全体像をわかりやすく解説します。

Man standing on bridge in front of city skyline.

原材料の高騰や急速な円安、少子高齢化など日本企業を取り巻く経営環境が大きく変化し、人事や財務の在り方にも見直しが迫られています。そこでまず、筆者が注目する2つのトレンドから、近年の動向を振り返ってみましょう。

トレンドの 1 つは、若手人財の採用の変化です。少子高齢化による労働力不足で、人財の獲得競争が激化するなか、売り手市場が続き、採用者 (求職者) が企業よりも優位な立場にある状況が生まれています。この影響で、中途・新卒の双方において、いわゆる「JTC」から若者が離れています。

そこで多くの企業が取り組んだのが、新卒採用の賃金アップです。帝国データバンクの調査 によれば、企業の約 7 割が新卒社員の初任給を引き上げる方針を示し、平均の引き上げ額は 9,114 円に達しました。さらに、新卒一括採用を廃止し、通年採用に踏み出した企業も多くありました。

もう一つのトレンドが、データドリブン経営の潮流です。特にファイナンスでは、FP & A (Financial Planning & Analysis、財務計画・分析) をグローバルで実践するという企業や、DX によって財務にガバナンスをかける企業が注目されました。

しかし、こうした財務分野での前進とは対照的に、日本全体のデジタル競争力は依然として低いままです。スイスの国際経営開発研究所 (IMD) が発表する「世界デジタル競争力ランキング」では、日本は 31 位となっています。評価項目である「知識」「技術」「将来の準備」のいずれも先進国最低クラスに位置しており、デジタル トランスフォーメーション (DX) の取り組みが十分に実を結んでいない現実が浮き彫りになりました。人事領域は、コーポレート機能の中で半強制的なイベントが起こらなかったこともあり、人事 DX は、まさに低評価の理由の一端と言っても過言ではないでしょう。

なお、筆者が数多くの企業と対話して感じるのは、自社の DX の推進度合いを客観的に評価できている企業が少ないことです。例えば、「人事の DX 対応ができている」と話す企業が、十年以上も同じ人事システムを利用しているケースは珍しくありません。人事データは社員の属性データ以外にも、パフォーマンスデータ、エンゲージメントスコア、後継者データ、スキルデータ、ラーニングデータなどが含まれますが、それぞれ異なるシステムで管理されているため、必要なデータが瞬時に取り出せないというお話もよく聞きます。

人事の進化はどこまで進んでいるのか? (人事 DX 成熟度モデルで読み解く)

多くの日本企業のなかで、 DX への取り組みの進展度合いに大きな差があるという現実が見えてきました。そこで DX の推進度合いを把握するために、制度・仕組みの整備と、IT/DX の取り組み状況という2つの軸から、次の 4 つの成熟度ステージに分類しました。

  1. JTC
  2. 脱 JTC (変革に着手)
  3. ワールドクラス (グローバル先進と同等)
  4. AI-ready (人とデジタルの融合)

ステージ1:JTC (Japanese Traditional Company)

人事 DX が進んでいない JTC 企業では、依然として年功序列や属人的な判断を前提とした人事制度が主流です。

評価・昇進が経験と勘に依存し、給与計算や勤怠管理なども、10 年以上前に導入されたオンプレミス型のシステムで運用されているケースが多く見られます。Excel ファイルでの情報共有が未だに常態化しており、人事データの統合的な活用はほとんど行われていません。

ステージ2:脱 JTC (変革に着手)

この段階に移行しつつある企業では、ジョブ型雇用や評価制度の改革に着手し始めています。HRBP (Human Resource Business Partner) 制を導入する動きも見られ、タレントマネジメントやエンゲージメントサーベイなどのポイントソリューションを取り入れる企業が増えています。

ただし、導入されたソリューションは断片的で、データの可視化にとどまり、それを基にした戦略的意思決定やアクションには結びついていないのが実情です。

ステージ3:ワールドクラス

この段階では、人事制度がグローバル基準に準拠し、たとえばジョブグレードや評価制度を全社・全地域で統一しています。人財のクロスリージョン異動や、柔軟なスキルマネジメントが可能な仕組みを整備しています。

また、ファイナンス部門との連携により、要員計画・人件費予算・業績評価を連動させた人財配置を行うなど、経営と人事が一体でデータに基づいた判断を下す体制が確立されています。IT 基盤においても、統合データが整備され、必要な情報に即座にアクセスできる状態が実現されています。

ステージ4:AI-ready (人とデジタルの融合)

最も成熟した段階では、統合されたデータ基盤のもとで、「どこに AI を活用すべきか」「どの領域に優先的に導入すべきか」といった判断が可能になり、実際の活用に結びついています。例えば、スキルギャップの特定から育成施策のレコメンド、後継者候補の提示、最適な人財配置のサジェストなどでの活用が想定できます。重要なのは、AI 導入そのものではなく、信頼性の高い統合データセットがあることによって初めて、AI が人間の支援ができるようになるということです。

さて、読者の皆さんが所属する組織は、今どこのステージにあるでしょうか。制度・システムの刷新が一部進んでいても、まだ「可視化で止まっている」「データを活かせていない」と感じる場合、それは脱 JTC からワールドクラスへの移行期にあるといえるかもしれません。実態に即して自社の状況を省みてください。

成熟度ステージにおける日本のボリュームゾーン (人事 DX は今どの段階か?)

では、成熟度ステージにおける日本企業のボリュームゾーンをみてみましょう。

出典:ワークデイ株式会社

ファイナンス・経営企画においては、IFRS (International Financial Reporting Standards、国際会計基準) への対応の必要性から、「FP&A (財務計画・分析)」の導入などを通じて、データに基づいた意思決定の仕組みを整える企業が増えています。

IT においては DX が急務になっており、IT部門だけではなく、各事業部においても対応が進んでいます。「2025年の崖」 (日本企業のレガシーシステムの老朽化や IT 人財不足などの課題) が以前から指摘されていたため、危機感を背景にシステム刷新が進みました。こうした危機意識が、DX 推進の大きな原動力になってきたのです。

それに対し、先に述べたとおり変革を後押しするイベントがなかったことから人事領域では対応が後手に回るケースが少なくありません。人事部門は制度・文化的な影響を受けやすく、組織ごとの「慣習」や「前例踏襲」が変革の障壁となってしまうことが多くあります。

また、人事システムやデータの統合は他領域と比べると専門性が高いため、部門内に専門人財が不在だったり、IT 部門任せになっていたりといった理由で、そもそも何から着手すればよいかわからないという声もよく聞かれます。この着手できない状況こそが、日本企業の人事 DX が「脱 JTC」にとどまってしまう要因の一つだと考えられます。

HR モダナイゼーションに必要なのは「総合変革」 (人事 DX を超える全社改革の鍵)

人事 DX は単に新しいシステムを導入することではありません。人事組織そのもののあり方、制度設計、プロセスの最適化、そしてデータ活用の思想や文化まで、全方位的な変革= HR モダナイゼーションが求められています。

近年では、グローバルで通用する人事制度や評価軸をベースにしながらも、長期育成志向や現場力といった日本的な強みを取り入れて再設計しようとする企業も増えてきました。こうしたグローバル標準と日本の良さの融合は、日本企業の人事変革のヒントになりそうです。

デジタルワークフォースの登場と AI-ready 企業への進化

そして成熟度ステージの最終段階である「AI-ready」についても考えてみましょう。AI-ready の前提として信頼性の高い、統合された人事データ基盤が整備されている必要があります。そのデータを活用することで、AI が人間を支援する労働力となる、デジタルワークフォースが登場します。

一方で、AI 活用の裾野が広がる中で、新たなリスクも顕在化しています。部門単位で導入された生成 AI やエージェントが、IT 部門の管理を離れて勝手に使われる現象、いわゆる「野良 AI」問題です。

これはかつてクラウドサービスの無秩序な導入で問題になった「シャドウ IT」と同様の構図です。AI が社内の重要な判断やデータ処理に関与する以上、セキュリティ、プライバシー、コンプライアンスの観点から、組織的な統制が不可欠です。

この課題に対しては、各国の法令に準拠しながら、AI エージェント信頼性やバージョン、使用範囲を一元管理するフレームワークの必要性が今後ますます高まっていくでしょう。

まとめ:これからの人事部門に求められる変革と人事 DX の次なるステージ

ここまで見てきたとおり、日本企業の人事部門は今、まさに変革の岐路に立っています。

人事 DX の成否は、システム導入や制度改定といった個別の施策の成否ではありません。本当に必要なのは、「組織」「制度」「プロセス」「IT」「データ活用」「人財意識」のすべてを見直す総合的な HR モダナイゼーションです。

今後データを駆使して経営に役立てる真の戦略人事への変革こそが、変化の激しい時代を生き抜く企業の力になるでしょう。経営戦略から戦略人事が生まれ、その人事が生み出すデータが再び経営に還元されるような循環型の関係性が構築された状態が理想だと筆者は考えています。

まずは自社が人事変革のどのステージにあるのかを把握してみましょう。変革には、現状を直視する覚悟と、未来への構想力の両方が求められます。

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